弁護士 橋 本 敦
はじめに
―60年の苦難に耐えて―
去る3月27日、レッド・パージ犠牲者の川崎義啓(92歳)、安原清次郎(88歳)、大橋豊(79歳)の3氏は、60年にわたる苦難に耐えて、自らの正義感と勇気を奮い起こし、老齢にも負けず敢然と国家賠償を求めて神戸地裁に提訴した。
その日の決起集会にかかげられた「生きているうちに名誉回復を」という垂れ幕を見て、集会に参加したわれわれの胸は熱くなった。
そもそもレッド・パージとは、「1949年から50年にかけて、共産党員あるいは、その支持者と言うだけで多数の労働者が職場から排除・解雇された事件で、アジアの民族解放闘争や日本での民主運動の高揚に直面したアメリカ占領軍と日本政府が、労働運動の右傾化と民主運動の弱体化を狙って、闘いの先頭に立っていた日本共産党員とその支持者、活動家に加えた弾圧事件であり、思想信条を理由に多数の労働者を職場から権力的に有無を言わさず放り出した人権侵害であり、戦後史の一大汚点である。」(当日の集会に寄せられた日本共産党市田忠義書記局長のメッセージ)
冷戦下、アメリカは民主主義の立場を捨てて、反民主主義のマッカーシズムに転換し、対日関係では形の上の独立を与え、日本を目下の協力者・極東の軍事基地とする政策をとりました。
そして日本国憲法を無視して、旧安保条約を押し付け、皇室・日本政府を通じて、形の上ではより間接的な支配の形をとり始めました。
それを日本の支配層が受け入れて、レッドパージや法的な方法などの硬い手段と、NHKでの連日の「君が代」放送(1952年4月28日から)などを含む世論誘導のやわらかい手段をとり始めました。
戦前・戦後を通じて「君が代」は、主権在民・民主主義と日本共産党に敵対する役割をしていることが証明されてしまいました。 NHKでの扱いも、まさにそのことを示しています。