大麻容疑で逮捕された若麒麟は、結果として自分を犠牲にして、「いい加減な薬物検査にあるような日本相撲協会の古い体質」を批判した形となりました.
この点では、若麒麟はエライ.
しかし、力士生命を失うことになるのは、当然とはいえ、カワイソー(協会がしっかりしていれば、こんなことはなかったかも).
なぜ、カワイソーか?
それは、日本の文化と伝統をになう日本相撲協会の体質のギセイとなってしまったという点でカワイソー.
相撲評論評論家の中にも、相撲は神事であり、土俵の上で広告は許されるが、両手を挙げることは許されないなど、わかりにくいリクツをいう人も.
そんなことをいう前に、そんな相撲がなぜ「国技」なのか、日本の文化と伝統とは何なのかを論じてほしい. ひょっとして、理解していないのでは?
日本相撲協会と日本放送協会は、古い体質という点では、どことなく似ているナー.