1949年の中華人民共和国の成立や、朝鮮半島情勢など冷戦激化にともない、1950年、アメリカでは共産主義者のレッテルによる著名人を含む人々の追放(マッカーシズム)を強行しました。
平行して、日本でもGHQ指令による同様の政策(レッドパージ)がとられました。(注)
その後、アメリカは、日本に形の上の独立を与え(1952年)、実質は従属国として統治する政策を取りました。
皇室とマスメディア利用による間接支配で、密約付き日米同盟にもとづく、自衛隊・先制攻撃用在日基地・核抑止力政策です。
具体例で指摘される、現在も日常化しているNHKなどの「対米従属、与党多数党中心、特定政党排除」は、1952年(対日平和条約発効の年)からの伝統といえます。
これは、放送法違反で、世論・選挙・政治をゆがめてきました。
「視聴者の会」は、改善を求め、それにより政治のゆがみを正すことを、目指しています。
(注)レッドパージ(red purge)
連合国軍占領下の日本で、GHQの指令により、日本共産党員とシンパ(同調者)が公職追放された動きに関連して、その前後の期間に、公務員や民間企業において、「日本共産党員とその支持者」との判断で、人びとが次々に退職させられた政策を指す。1万を超える人々が失職した。(wikipedia から)